勝ちが続くと、なぜ人は大きく張ってしまうのか? その背景には、行動経済学で明らかにされたハウスマネー効果があります。これは「直近の利益を“元手とは別物”として扱い、痛みが小さいお金だと錯覚してしまう」心理です。代表研究として、Thaler & Johnson (1990) は「直前の勝ちがその後のリスク選好を押し上げる」ことを実験で示しました。さらに、メンタル・アカウンティングやプロスペクト理論などの礎が、「なぜそうなるのか」を説明します。
結論の要約(すぐに実践できる対策)
結論 | 根拠 / 参考 | 行動ルール(FX実務) |
---|---|---|
直近の利益は「同じお金」。別財布化に注意 | メンタル・アカウンティング | 利益が出ても固定リスク%法(0.5~1.0%)を厳守 |
勝ちの後はリスク選好↑(ハウスマネー効果) | Thaler & Johnson (1990) | OCO同時発注を必須化 |
人は損失を避け、利益を急ぐ(ディスポジション) | Shefrin & Statman (1985) | 利確は指値固定、損切りは価格到達で即成行 |
直感優位のSystem1が暴走しやすい | Kahneman (2011) | 連勝後は3トレードだけロット半減して冷却 |
この記事でわかること
- ハウスマネー効果の科学的な正体と、FXでの具体的な現れ方
- 12ステップで可視化した「勝ち→サイズ膨張→ドローダウン」の進行
- 研究に基づく予防ルール(固定リスク%法・OCO・連勝ブレーキ・日次損失上限)
- すぐ使える早見表とチェック指標で自己診断できる
行動をルーチン化するステップ
口座残高に対して0.5〜1.0%の範囲で固定(例:100万円なら5,000〜1万円)。出典:VarsityモジュールやVan Tharpの位置サイズ理論。
3連勝 or +3Rで次の3トレードはロット半分。日次-2〜-3%で当日終了。「取り返しモード」を遮断します。
ハウスマネー効果とは何か(FX視点のやさしい解説)
行動経済学の古典研究で、Thaler & Johnson (1990) は直前の利益が続くと人はリスクを取りやすくなることを示しました。背景にはメンタル・アカウンティング(別財布化)があり、利益を「当たって増えたお金=ハウスマネー」として扱い、痛みの見積りが甘くなります(Thaler, 1999)。
さらに、プロスペクト理論は、私たちが参照点を基準に利得・損失を評価することを示します。勝った直後は参照点が上がり、「これくらいのドローダウンは許容」と錯覚しやすいのです。
12ステップでみる「勝ち→サイズ膨張→反動」
フェーズ | ステップ | 症状 | 科学的な根拠/参考 |
---|---|---|---|
予兆 | 1) 参照点の上昇 | 勝ちで残高基準が上がる(余裕錯覚) | プロスペクト理論 |
予兆 | 2) 別財布化(メンタル勘定) | 利益をハウスマネー扱い | Thaler, 1985 / 1999 |
予兆 | 3) 期待の上振れ | 主観勝率を上方修正 | ヒューリスティクス |
予兆 | 4) コントロール錯覚 | 「読めてきた」と感じる | Langer, 1975 |
拡大 | 5) リスクの怖さ半減 | ストップを遠く/遅らせる | ハウスマネー効果 |
拡大 | 6) アンカー上昇 | 前回ロットが新常態に | 代表・アンカー |
拡大 | 7) 直近の勝ちが支配 | 可用性ヒューリスティック | Tversky & Kahneman, 1973 |
拡大 | 8) 行動拡大型 | ロット増・ストップ遅れ・利確早/損切り遅 | ディスポジション効果 |
拡大 | 9) 取り返しモード | ナンピン・倍プッシュ | Realization Effect |
拡大 | 10) 確証バイアス | 都合の良い情報集め | ヒューリスティクス総説 |
反動 | 11) 小当たりの強化 | 誤学習で行動固定化 | Weber 等 |
反動 | 12) ドローダウン | 短時間に大きな損失→極端な回避 or リベンジ | 総合:上記リンク群 |
ミニ事例(1分):勝ちの後に何が起きるか
口座残高10万円→2連勝で12万円。「増えた2万円は余剰」と認知し、いつもの2倍ロットでエントリー。逆行でナンピン、ストップが遅れ、3万円のドローダウン……。これは上の12ステップの縮図です。
注意:この流れは誰にでも起こり得る標準的な人間の反応です。自制心ではなく仕組みで制御するのが最短です。
連勝時こそ「結果志向 → プロセス志向」へ思考転換
結論:「勝った=実力」ではなく、「勝ち=分布の1サンプル」と定義し直す。
直近の利益は“腕の証拠”ではなく偶然も含むデータ点。だから次のトレードでも
リスク%・ストップ・サイズは一切変えない——これが軸です。
連勝時こそやる“転換フレーム” 7ステップ
名前を付けるだけで衝動が弱まる。
増えた分も同じ1円として扱う。
Size(固定%に合致?)/ Story(「今回は特別」が混じってない?)
1行お守り:
「勝ちの直後ほど、小さく・遅く・厳しく。」
小さく=サイズ半分/ 遅く=クールダウン90秒/ 厳しく=固定%とOCOを外さない
行動に落とすテンプレ(If–Then)
- If 2連勝 or +2R達成 Then 次の3トレードはロット1/2&新規は3分以上空ける。
- If エントリー理由が2行未満 Then 見送り。
- If 「すぐ戻る」「今回は特別」と思った Then チャートを閉じて水を飲む→再評価。
仕組みで固定(意思に頼らない)
- プラットフォーム設定:テンプレ数量固定・最大レバ上限・OCO自動。
- 週末に利益の30〜50%を別口座へ(“別財布”を物理的に封じる)。
- 日誌に平均ストップ幅・平均ロットを自動記録→連勝期に膨らんでいないか週次で可視化。
なぜ「無意識」で起こるのか(System1/2の視点)
勝ちの直後は、Kahneman (2011)が示すSystem1(速い直感)が“熱い状態”になり、痛みの予測が甘くなります。人は「合理的に考えているつもり」でも、実際は自動反応で意思決定してしまうのです。
今日から導入できる実務ルール(科学で裏付け)
固定リスク%法:1回の許容損失を残高の0.5〜1.0%に固定。位置サイズは「リスク額 ÷(エントリー−ストップ)」で算出。参考:Varsity、Investopedia、Van Tharp。
OCO同時発注:エントリーと同時に利確・損切りをリンク(解説)。後付け禁止で「ストップ遅れ」を物理封鎖。
連勝ブレーキ:3連勝 or +3R達成で、次の3トレードはロット半分。勝ちの後の過剰リスクを冷却(Thaler & Johnson, 1990の示唆に基づく運用ルール)。
日次損失上限:一日トータル-2〜-3%で終了。Realization Effectの通り、「取り返し」動機がリスク選好を歪めるのを遮断。
プロ・ヒント:確定利益の30〜50%を別口座へ送金して“別財布化”を逆利用。心理的に「元手へ戻す」ことでハウスマネー気分を抜きます。
よくある疑問に先回りで回答
Q. 利益分は「リスク高く攻めても良い」?
短期的にはリスク選好が過度に上がるため非推奨(Ackert 2003)。長期の複利を守るには、ドローダウン制御が先。
Q. 「勝ってるうちにストップを広げる」のは有効?
多くの場合は逆効果。期待値の源泉は優位性で、ストップ拡大はリスクリワード悪化に直結。
Q. 利益確定が早く、損切りが遅い……どう直す?
これはディスポジション効果(Shefrin & Statman, 1985)。利確は事前指値固定、損切りは到達で即成行を習慣化。
行動ログで「無意識」を見える化する
各トレードで3行メモを残す:セットアップ/エントリー理由/出口ルール。負けトレードに「なぜストップを動かしたか」の自己説明を必ず書く。
参考文献・一次情報(クリックで原典へ)
・ハウスマネー効果の原典:Thaler & Johnson, 1990/実験市場:Ackert et al., 2003/フィールド:Tank, 2022
・メンタル・アカウンティング:Thaler, 1985/Thaler, 1999
・プロスペクト理論:Kahneman & Tversky, 1979
・可用性ヒューリスティック:Tversky & Kahneman, 1973
・コントロール錯覚:Langer, 1975
・ディスポジション効果:Shefrin & Statman, 1985/個人投資家データ:Odean, 1998
・位置サイズと1%ルール:Van Tharp/Varsity教材
最後に:勝ち続けるためのメッセージ
勝ちを「腕の証明」にしない。勝ちを「ルール順守の試練」にする。 その違いが、複利を守るかどうかを決めます。固定%・OCO・連勝ブレーキ・日次上限——たったこれだけで、“無意識の拡張”を止められるのです。
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