学生の頃に一度、箱根の送り火(大文字焼き)を見た事がある

学生の頃に一度、箱根の送り火(大文字焼き)を見た事がある。
足柄〜箱根を回る家族旅行の最終夜、強羅駅の近くから山焼きの灯りを見たのだが、幻想的な光景にしばし目を奪われた。
火勢は思いのほか強く、30〜40分位は赤々と燃えていた。
太文字の輪郭がはっきりとして、ごった返した人垣の中からでもよく見えた。
送り火には「この火を目印にして、故人の魂が迷わずあの世に帰れるように」という思いが込められているという。運営側はさぞかし責任重大であろう。

駅でもらったリーフレットによれば、この火文字の原料は竹製の松明で、大文字の横線は全長108mに達するとある。
松明作りから当日の点火作業、花火の映りの確認に至るまで、地元青年会が休日を返上して行っているそうだ。
若手が現場作業を担当し、OBがサポートし、更に経験豊富な高齢OBが助言する流れが出来ているという。
箱根の大文字焼きは大正10年から続くというから、あと7年もすれば100周年だ。
物事を後代に受け継ぎ繋いで行く事に関して、まさに「人は宝だ」と感じた。

家庭で行うお盆の迎え火・送り火も、また味わい深い。
旧盆は親戚が集まるので、子供の頃は特に楽しみにしていた。
豆殻を焚いてむせ、盆踊りで梨をもらい、盆提灯の回りでかくれんぼをした。16日には送り火を焚いて紙灯籠を流しに行き、川べりを走って伸び伸びと過ごした。
灯籠と一緒に流した供物、特にナスとキュウリの牛馬が川下でゴミ袋に回収される様子は何となく哀れで、いつももったいないなぁと感じていたのを思い出す。

今年もじきにお盆が来る。震災から丸三年目だ。ご先祖様にも、直近亡くなった親戚の御魂にも、今年こそはゆっくりしてもらいたいものだ。
お墓の掃除、挨拶回り等、お盆期間はやる事が山積みで大変だが、今年はなるべく休みを取って、実家に顔を見せに帰りたいと思う。